長州で生まれ長州育ち、好きな人物は坂本龍馬!カンボジアから始めた旅と共に始めたブログ☆ 話題はカンボジアだけでなく様々ですが、どうぞ気軽に絡んでやってください♪


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そこにある光

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僕がベトナムを旅していた頃、一人のフォトジャーナリストと出会いました。

名前は“村山康文”氏。


今回は、その村山氏の事を小説風に紹介させていただこうと思います。小説家志望のフリーマンなので(笑

村山さんは、会えばわかりますが、とても面白く、くだらないギャグも満載な楽しい方。でも、ベトナムに対しては真摯な姿勢で向き合い、その姿はベトナムを少ししか知らない僕も応援したくなるほどです。誰でも受け入れる器量があり、そのくせ離れていく人はしつこいほど追いかけるとても気さくな人。ちょっと大げさに書いてますがそんな感じです。

初めに、飽きられる前に最も重要なことを告知します。

今年6月、村山氏は京都にて写真展を開催されます。12年間取り続けたベトナムの真実の姿がそこにあると言われています。何枚か拝見した写真の中にも、普段お目にかかれないような壮絶なものもありました。本人曰く1000枚で伝えるベトナムの姿を、僕も見たいと思います。
この時期、京都に行く予定がある人は是非!予定がない人は予定を作って是非! 
京都で一緒に飲むのもいいですね♪ 
そして、皆さんの友人・知人の方々にもご紹介頂けたら幸いです。


開催期日 2010年6月2日(水) ~ 6月7日(月)
時  間 10:00 ~ 20:00
入 場 料 無料
場  所 北大路ビブレ1F 『SPACE ろさんじ』
     地下鉄烏丸線『北大路』駅直結、市営バス「北大路ターミナル」直結
所 在 地 〒603-0142 京都市北区小山北上総町49-1
     
地図

以下は小説風です。気が向いた方、ちょっと時間がある方は読んでやってください。長い文章は苦手な方は無理しないで下さい笑。
内容は、事実を元に僕が勝手に脚色しています。
主人公は村山氏です。僕ではありません。



『そこにある光』

 最近は少し酒が入ると眠くなる俺が、今夜は眠気すらおきなかった。俺はその日、いつものようにパソコンの画面に向かい、これまで撮り続けていた写真の数々を眺めていた。
「12年か…」
 俺はタバコの煙をふかしながら一人ごちた。壁のどこかを眺めながら、うつろな感覚を覚えると、断片的にこれまでのことが脳裏に浮かんでくる。数え切れないほどの社会の裏側で泣いている人たちとも出会ってきた。
 ユンちゃんは今頃どうしているだろうか。俺は急に思い出したかのようにユンちゃんの写真を探しだした。俺がベトナムに行き始めて数年が経った頃、ベトナム戦争時に米軍の使った化学兵器”枯葉剤”による遺伝性障害を持つ子供が激増していた頃に、俺はその少女に出会った。
 骨格障害を発症した彼女は、顔右側が大きく腫れ、垂れ下がり、目も耳もほとんど機能していなかった。おそらく普通の人であれば目を背けてしまうだろうその姿。初めて出会ったときは俺もその一人だったかもしれない。
 でも、あの時俺は気付いた。ユンちゃんの腫れて垂れ下がった右側ではなく、左側には可愛らしい笑顔があることに。初めて会うであろう日本人の俺に少し照れながら、彼女はうれしそうに目を細め、俺と握手をしてくれた。その手はとても小さくか弱かったが、生きていることの強さを感じさせる、可愛らしい暖かい手だった。
 あの時、俺はがむしゃらに奔走した。
 そのまま育てば二十歳まで生きられないと診断されていた少女に、なんとしても生きて欲しい、愛らしい笑顔を取り戻して欲しい。その一身の思いで、人脈をたどり、多くの人に訴えかけ、そして、多くの方からの善意と共に多額の寄付金が集まった。お陰でユンちゃんは日本で手術を受けることが出来た。
「くそ、あの強欲親父め!俺は絶対諦めへんからな!」
 誰も聞いていないのに、つい悪態をついてしまった。ユンちゃんの症状を治すには何回もの手術を行う必要があった。あの時、多くの方から頂いた寄付金があればそうすることも可能だったのだが、欲をかいた家族のせいで、その話は中断してしまっていた。パソコンの中の笑ったユンちゃんの写真を見ながら、俺は一人口をへの字にしていた。
「あんた、今日も遅いんやね。はよ寝んと体壊すで」 妻のマリコが俺の部屋を覗いて言った。
「ああ、わかってる。せやけど…今夜はなんだか眠られへんのや」子供のようにしかめ面を作って言うと、「そう、ほな風邪ひかんときや」そう言うと優しげに目を細め、彼女は自分の寝室へと戻っていった。「ありがとう」
 自分のしたいことにだけ力を注いでいられるのも、彼女がいてくれるからこそだ。親の反対を押し切って、もちろん彼女の方のだが、半ば駆け落ち同然で結婚した俺たちも、気付けばもう3年近くになる。今度は、ベトナムでの俺たちの結婚式の写真を探し出した。
 20人ほどの日本人に80人以上のベトナム人が俺たちを祝ってくれた。わざわざ日本から渡航してくれた友人には面倒をかけたが、大盛り上がりの楽しい式だった。ベトナム政府の高官の人たちも来てくれていたし、数年来の娼婦の友人はこれなかったが、バイタクの運ちゃんも来てくれていた。式に出るようなまともな服をもってないからと嫌がっていたが、いつもの格好でいいから来てくれと頼みこんで来てもらった。上も下も国籍さえも関係なく、参加してくれたみんなあわせて、ただ楽しい時間が過ごせたことが俺たちの結婚式の誇りだった。気付けば俺は一人微笑んでいた。 写真の中の皆も、酒を飲んで顔を真っ赤にしながら、そして踊り狂いながら笑っている。
 そうして、昔からの写真を眺めていると、あのベトナムの裏街で出会った娼婦の写真が出てきた。出会った頃、彼女は希望の欠片もないようなうつろな顔で俺に金をせびってきた。おそらく、普通の日本人ならばすぐに逃げ出してしまうような状況だっただろう。でも俺はベトナム人にも、裏街のそうした人にも慣れていた。娼婦だろうが、政府の人間だろうが、裏の世界のやつらにだって俺はためらわなかった。
 正面から彼女を見据え、明るく、片言のベトナム語と英語を駆使して相対した。すると、いつもと違って逃げない、それどころか好んで近づいてくる日本人を、彼女は逆に警戒した。
 俺は彼女と話しをしようとした。彼女の心の声に耳を傾けた。初めは警戒していた彼女も、俺の事を理解してくれたのか、それまでのいろんな事を話してくれ、そして、最後には大声で泣き叫んだ。泣きながら、止めたいんだと訴えた。俺は微力ながらその手助けに尽力した。
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 写真の中の彼女は窪んだ目ではあったが、俺の事を信頼してくれている優しげな笑顔をしていた。
 どこにだって、光っているものはあるんだよな。
 俺は静かに心の中で呟き、そのままたくさんの写真を見続けていった。ふと気付くと、閉じられたカーテンの隙間から光が差し込んできていた。鏡を見たらきっとろくでもない顔になっていたことだろう。
「あんた、朝まで起きとったん?」俺はびくりとした。マリコがびっくりした顔で俺の部屋の扉を開けていた。
「いや、ごめんなさい」俺は素直に謝った。そんな俺に、彼女は微笑んだ。
「なに謝ってんの。いつものことやん。なんかええアイデア浮かんだ?ほしたら私会社行くからな、頑張ってや」
 いつもよりも彼女の笑顔が光って見えた。
「ありがとう」俺は子供のように、素直にそう言うしか出来なかった。
 彼女が家を出て行った後、俺はいつも自分の考えやアイデアを書きなぐってるノートを引っ張り出した。そして、おもむろにタイトルを書いてみた。
 『1000枚で伝えるベトナム』
 魅惑のアオザイ、美味しい食べ物、可愛らしい雑貨。そしてファインダー越しに見えた真実の数々。
ベトナムを12年間追い続けた俺の集大成だ。俺がベトナムと関わり続けてきた意味を、他の誰かも感じてくれるかもしれない。
 カーテンを開けると心地よさそうな、春日和の光が俺を照らした。その眩しさに俺は目を細めた。



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by lovely_smile094 | 2010-05-04 13:46 | ベトナム
京都へ来るのは初めてじゃありません。 でも、あれはもう… 10年以上前だよなぁ
福岡から車でえんえんきたなぁ

そして、その時はろくな観光もしなかったなぁ…

そんなわけで、今回は京都を十分に楽しもうと思う。

幸い今お世話になっている白石亭がとっても構ってくれないので過ごしやすい。

つまり好き勝手にできるということさ。 しかもお母さんは食事まで用意してくれるのでありがたい限り☆

京都観光とその写真などは後日またアップいたします。お楽しみに。桜満開だと期待してる☆

京都を少しだけ観光して思ったのは、流石は京都ってこと!

実はオーストラリアにいるとき、日本で行きたいところは?って聞くと、みんながみんな京都って答えてた。

だから少しそれに反発する気持ちもあったんだ。

みんなも知っての通り、日本全国いい場所たくさんあるしね! だから
京都だけじゃないよーって。

でもね、実際に観光してみて思ったよ。

日本の昔ながら文化を知るなら京都が一番いいと思う

これだけ文化を語る建築物や町並みが集まっているのは、京都以外にないだろう。 他の都市にもたくさん見所があるのも知っている、だけど京都は本当に数え切れないほどの歴史と文化を、その町に宿していると思う。

俺の考えは過小評価だったと気付きました。

そして、今は一年でも最も観光に適している季節072.gif

祇園桜だよ060.gif 清水寺の桜だよ060.gif 美しさの最大値がここで味わえるんじゃないかな003.gif

てなわけで、その模様は納得のいく限りまわってお伝えしようと思います。

☆先日もお話したことのある、ベトナムでお会いしたフォトジャーナリストの村山さんと今日再会しました。なんとご自宅までいっちゃって奥さんが食事までご用意指定くれました。
そして、16日に出版された本『いのちの絆』も購入し、サインまで頂きました072.gif
もしこの著書に興味のある方は、ぜひこちらをご覧ください!


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by lovely_smile094 | 2008-03-23 19:43

3/7 村山康文

ホーチミンであった村山さんは、いろんな意味で変わった人でした。

ミクシーで以前偶然絡んで、こんなところでお会いし、何かの縁ということで、今日は彼の取材に一日ついて行きました。

まず初めに行ったのは、彼のベトナムの知り合いのおばあちゃんの家でした。

どんな縁でこのおばあちゃんとお会いされたのかはわかりませんが、おばあちゃんは日本人とベトナム人とのハーフで、彼女の父は日本人。

名前は楠原さんとおっしゃるそうです。第2次世界大戦のさなかに商売人としてベトナムに来た彼女の父親は、ベトナムで彼女の母にあい、結婚、そして彼女を生む。

しかし、その後日本に帰国したそうで、それ以来情報がないとのこと。

村山さんはこのおばあちゃんのお父さん探しのお手伝いを買って出ていたのでした。ほとんど諦めているおばあちゃんに、諦めたらあかん! 俺がきっと探し出したるから!

そう力強く励ましていました。

お父さんのお名前は、くすはら さんというそうです。もしこの名前が知り合いにいらっしゃったらご一報ください。

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写真はおばあちゃんのお孫さんです。

その後、スラム街(正確に言うとスラムではないが、そういった所)に住んでいる彼の友達、以前は娼婦をしていたという方にお会いに行く予定でした、が、バスを間違えたため今日は会えず。

とりあえず、その町にある食堂でお昼ご飯を食べました。

一見すれば普通の町のようだったが、その街の雰囲気は怖かった。何か感じるものがあった。

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道端に落ちていた注射器。日常茶飯事にみられる麻薬の跡。写真には撮らなかったが、若者が真昼間から道路下で死んだように眠っていた。すぐ傍らには同じように注射器があった。

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川沿いに立ち並ぶ家々。ベトナムの町から垂れ流される排水のため、水は黒く光っていた。

食後僕たちはその一角に住む彼の友人宅へお邪魔した。彼はとても仲よさそうにおかあさんと会話をしていた。 言葉はすべて通じているわけでは、もちろんない。 通訳を通してだ。

彼の友人でもあるお母さんは、気さくに彼からの質問に答えていた。この川沿いにある家々を撤去したいと思っている有力者がいる。いつかは立ち退かなければならない、しかし、十分な補償がそこで行われるわけではない。

僕のベトナムの旅は、ここホーチミンで終わりです。ベトナムを数日間旅する中でベトナムが抱える問題を少しずつ、端々を知った。表向きの明るい部分は復興しているかのように見えるベトナム。しかし、その裏、一本裏道に入るだけで様々な社会問題が見え浮かんでくる。

そうした原因として大きくのしかかってくるのが、戦争

計り知れないほどの様々な分野で強く影響を及ぼしている。

枯葉剤も、HIVも、麻薬も、すべての元凶は、この戦争にあるのではないかと思える。

今見える問題は各国様々でひとつずつ解決していくしかない。その上で新たな悲しみが増えぬよう、
戦争は決して起こしてはならない! 私たちは、小さなイデオロギーや主張で対立することなく、相手の習慣や文化の違いを見据え、本当の世界の平和を実現しなければ。

☆そして、3月16日 村山さんは初のフォトルポタージュを出版されます。名前は
いのちの絆。ベトナムの社会問題のひとつであるHIVに関する著書。

そして、この日は村山さんが奥さまと入籍された日(2008年のこの日です)、著書の中で鍾愛されている彼の友人が亡くなった日、でもあります。

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by lovely_smile094 | 2008-03-07 20:19 | ベトナム

3/7 ホーチミンにて

※更新遅れており、若干思いで日記になってますが、よろしくどうぞ♪

朝方、しかも本当に朝方で、5:30 にホーチミン着!

着いたのはいいが何もすることはないね~ とにかくパスポートの件シンカフェの人に言っておかないとね。待つこと30分。ようやくシンカフェオープン。さすがベトナムの都会のツアー会社だけあって、パスポートのこと説明しててもまったく愛想なし!そして、超冷たい!めんどくさそう! ツアーバスでずっと利用してんのにね。 こっちの人は日本人と違いはっきりしていると思う。仕事以外のこと、仕事でもか、ありがとうって気持ちがあまり感じられなかったな。

もちろん、みんながそうなわけじゃないけど、せめて何か購入したときはサンキュー位言おうよ… 他人事ながらせっかく発展してるベトナムも、サービス行でこの対応じゃあね~ 将来大変じゃないかなーとか思ったりした。


☆さて、ここではまたも偶然の出会いがありました。

朝ごはんを宿泊したゲストハウスの近くで食べていると、日本の女の子が 『旅行ですか?』
って話しかけてくれました。
「はい、旅行中でカンボジアから、タイ・ラオス・ベトナムとインドシナ半島を一周してます。そちらは学生さんで旅行中ですか」
『はい、学生です。今はベトナムで主に活動されているフォトジャーナリストの方の手伝いをさせてもらってます』

ベトナムで主に活動している、フォトジャーナリスト… どっかで聞いた響きだな…

「その方の名前は?」 『村山さんです』 「あ、俺その人知ってますよ!

実は以前、ミクシーであるコミュニティに書き込みをしたときこの方がたくさんコメントを書いていたので覚えていたのでした!

その説明をしましたら、 『じゃあ、会った方がいいですよ、ちょっと呼んできますね!』

数分後男性現れました。。。
『僕を知ってるって君?』 俺「はいそうです。覚えてます?以前ミクシーで割り箸と環境問題のトピックで話したことがあったのを。あれ書いたの僕なんですよ」
『おー おぼえとるでー、そうかー君やったんか。んーでもとにかく奇遇やなー』

そんな感じでであったこの方、
村山康文
さんは、ベトナムの社会問題を長年追っているフォトジャーナリスト。その見た目と、ずけずけと物言いからは予測できない温かい心を持っておられると思いました。
関西出身ということでギャグも抜けてます。

☆村山康文さんに興味のある方は、インターネットでまず検索してみてください。私が言うよりもたくさんのサイトやページで紹介されています。

そんなご縁でお会いしたこの方に、
『今から取材に行くんやけどよかったら一緒に行く? ちょっと危ない場所もあるけどなぁ』

ちょっと危ない場所にこそなかなか見れないものが待っていると僕は思います。

「はい、じゃあ行きます。すぐ用意してくるんでちょっと待ってもらっていいですか?」

そんなわけで、いきなりの初日のホーチミンで面白いおっさんに出会えた。

この後、ベトナムの裏側になる場所を見ていきました。続きはまた次週…

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by lovely_smile094 | 2008-03-07 17:02 | ベトナム