長州で生まれ長州育ち、好きな人物は坂本龍馬!カンボジアから始めた旅と共に始めたブログ☆ 話題はカンボジアだけでなく様々ですが、どうぞ気軽に絡んでやってください♪


by lovely_smile094
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富士山登頂裏話♪

あ、読んでいただいた方良かったら何でもコメントしてくださいね060.gif

富士山登頂本編はこちら→ 富士山登頂! をご覧ください。

さて、今回の富士山登頂は以前から考えてはいたものの、実はかなりいきあたりばったりのものでした。

今はアルバイトで食いつないでいるわけで、おかげで休みもとり易く、今回いつ行くかはっきりと決まってないにも関わらず7日間の休みを頂いていました。その希望を出したのが6月下旬。

しかし、どうやって行けばいいか、果たして無事登りきれるのか、一人で大丈夫なのか、何もわからない手探りの状態のままあっという間に7月下旬、7日間の休みに突入!

あれこれ考えてはみましたが、最後は 行くしかない! 行きゃ何とかなるだろ! もう勢いで最後は決めちゃいました。何を用意していいのか分からず本屋で旅行ガイドを見たら、幸い この夏富士登山! って特集があって何が必要なのかあらかた把握でき、いろんなグッズをとりあえず購入!
☆買ったもの。登山用のリュック、帽子(似合ってないけど)、携帯酸素ボンベ、合羽、防水スプレー、ヘッドライト。
そして行くしかない状況に自分を追い込むべく青春18切符をとりあえず購入!

前日に親に話して翌日早朝に出発!親は心配っていうか、いいね~ってうらやましがってました^^

ご存知の通り青春18切符とは18歳しか購入できません、嘘です。何歳でもOKです。
けど鈍行、つまり特急やら新幹線やら夜行列車にはもちろん乗れず基本各駅停車の電車か良くて快速にしか乗れません。なもので、朝8:00頃地元の防府駅を出発してゆったりと一人列車の旅。途中どうしてもトイレに行きたくなって柳井駅で降りたけど、何度も乗換えをしながら静岡県にたどり着いたのは夜の10時をまわっていました。

宿泊先、もちろんホテルなどには泊まりません、節約節約の安旅行です。なので、最終的にたどり着けた浜松市、浜松駅近くにあったインターネットカフェにてカフェ難民となりました♪アジアでの安旅行を経験した僕にとって、インターネットカフェは十分に快適です、もちろんホテルに泊まるなんかよりも安いですしね。しかし、浜松で晩御飯にとラーメンを食べたがはっきり言って美味しくなかった!ネカフェでは翌日のことを考えすぎてしまいあまり眠れず寝不足で少しフラフラしながら、朝5時に起きて富士山へ向かいました。いやー体調のコントロールは難しいものだなと実感しました。

そして富士山では9.5合目の山荘に宿泊したわけですが、、、予想以上にぼろくて… シャワーくらい浴びれるのかなーとか安易なことを考えてましたが、なし! 歯磨きしても水がなくてうがいは持参していたジュースで。晩御飯千円払ったがボンカレー、しかも量少なっ!
同じ山荘に泊まった女の子二人に夕食食べながら山口から鈍行で来た事を話すと、なんだかひかれてた 布団はぬれてて寒くて眠いのにあまり寝れず…

山頂でご来光を見た後お鉢を一周しようと思ったが寒くて凍えそうで、トン汁を飲んだら800円、缶コーヒーは400円。山頂での購入は何でも高い!でもまあおかげで少しからだが温まってお鉢回りをスタート。が、歩くコースには人影もほとんどなくて霧がどんどん濃くなってきて、こりゃ遭難するかも… と、あわてて来た道を引き返す!
そして、お土産! 買うならやっぱり山頂で買わなきゃね、ってことでお土産をここ山頂で買ったのですが、ついついアジアでの旅の感覚で、「まとめて買ったら安くなりますか?」 値段交渉してしまいました。もちろん「なりません!」
ですよね~

そして下りの道では、登りの時よりも楽じゃんとかスタスタ行っていましたが道の悪さと、下りでの足腰への負担は実は登り以上で、しまいには膝と足首がこねまくって痛くて、あと少しなのに下りなのに、登りのとき以上に休憩を取る。

そんな登山でした。

でも、下山した当日。名古屋でオーストラリアで共にLETSの日々を戦った友達と久しぶりの再会をして、名古屋の美味い飯を食べて、美味しい焼酎も飲んだ♪
久しぶりにあったけど二人とも元気そうで良かった♪

そして、本当はもう一日旅をする余裕はあったのだけど、富士登山で既に体はくたくたで、しかも… 
実はあまり時間ゆっくり出来なくて…
この旅の間3日間、一度もお風呂にも入れなかった 汗臭かったかな…  ま、いっか。

山口への帰路に着くが、行きは富士山の思いが馳せてなんとも思わなかったけど、長くて長くて、持っていっていた小説も読み終わって、途中の中核都市ではたくさん乗降客があってめっちゃ疲れてるのに立ちっぱなしのことも何度もあり、おかげで眠くて疲れて足はかっくんかっくん笑 

そして、富士山で買った木の杖。ロッカーに荷物を入れようにも全く入らない長さで、電車の中でちらちら、友達と行ったお店にも持参しちらちら人に注目される(そりゃそうだよね、この人なんで木刀持ってんだ?位の視線だった)

杖のおかげで静岡県内で何か物を買うたびに、登山ですか? 富士山ですか? と何度も話しかけられる。これはちょっと楽しかったけどね♪

長い道のりのおかげで座りっぱなしで膝は更に痛くて、お尻も痛くなる。汗をかいたままの服はべとべとして気持ち悪い…
山口の防府駅に着いたのは夜10時でした。

時間があったからこそ出来た旅、すばらしい景色を見ることが出来、久しぶりの友にも再会できた。

忘れがたいいい思い出が一つ増えました~~~~

またどっか行ってやるぞ~~~!

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by lovely_smile094 | 2008-08-06 22:15 | 普通の話
ずっとずっと昔のこと。俺が二十歳そこそこの頃。
一度入院したことがあります(救急車で運ばれたこともあったけどね、別件で003.gif

病名は、すごいよ 『鎖骨骨折と頭蓋骨骨折』
原因はもっとすごい、友達とスケボーででっかい弓なりの橋を上から下まで滑り降りる遊びをやっていて、スピードは30kmくらい出てたと思う。スケボーには結構なスピードだった。

滑り降りてるとき、大きな橋には必ずある重量を吸収するためのたゆみのあなぽこ。そこにスケボーの車輪が見事にはまって、宙を舞った。
正確には飛んだ以降よく覚えていないのだけど、肩から落ちて頭を打って、友達が病院まで運んでくれた。
出血はなかったけど、レントゲンの診察の結果、上記の通り。

脳内に出血もあった。あと少し出血がひどくなればそく手術と言われた。つまり、開頭しての手術。俺は、頭を打ってたので正確な判断が出来なかったようで、坊主になるんだーとか言っていたらしい。何度も時間を聞いていたらしい。

でも、幸い出血はそれ以上ひどくならず手術は免れた。
一夜、集中治療室で過ごした。俺以上に病状が悪い人もたくさんいたと思う。非常灯だけに照らされた薄明かりの中、時々俺の意識ははっきりし、ピーピー、ピコンピコン、ブーブー。
そうしたいろんな機械音が響いていたことを覚えている。

翌日一般病棟の病室に移り、目覚めるとお父さんとお母さんが山口から来てくれていた。お母さんは目覚めた俺を見て泣いていた。

幸いそれ以降状態は悪化することもなくよくなっていった。両親は山口に帰っていた。

ある日、母から病院に電話があった。病院に電話があるほどだから、何事かときょとんとした思いで電話に出ると、震える声で母は僕に伝えた。

「じいちゃんがね、死んだんよ」 うそ、と一瞬頭によぎったが入院してる俺にそんな冗談を言うはずがない。
「そ っか。」
何も言えなかった、ただ、じゃ、俺帰るよ。また電話する、それだけ言えた。

それから俺はその事を先生に伝え、一時退院を申し出た。
しかし、手術には至らなかったけど脳内出血をしていることは事実、退院を許可するわけにはいかないと言われた。

わかりました、と言うしかなかった。俺は、病室に戻ることも出来ずただ立ち尽くして、泣いた。子供の頃ずっと祖父母の家がある田舎で暮らしていたので、よくじいちゃんには遊んでもらっていた。福岡で働き始めてからも家にもよく遊びに行ったり泊まったりしていた。だから、たくさんいる孫の中でも一番かわいがっていただろうと思う。
だから、悲しくて、葬式にもいけないことが情けなくて、ただ泣いていた。

そんな俺を婦長さんが見かけて、どうしたのって声をかけてくれた。俺は、泣きながら事の繋がりを話した。婦長さんは、
「わかった!私からもう一度先生に話してあげるから、待っててね!」
そう言って担当の先生に掛け合ってくれた。

婦長のおかげで、退院から帰省まで誰かが付き添うという条件の下に一時退院が許された。そして、父がまた山口から迎えに来てくれ一緒に帰ることが出来た。

何度も過ごした祖父母の家に着くとたくさんの親戚と近所の人たちが来ていた。そしておじいちゃんは静かに眠っていた。穏やかな表情に思えた。じいちゃんは農業や林業もしていたし、衣類の商売もしていたので子供の頃はいろんなところに俺を連れて行ってくれた。その頃のことを思い出して、悲しくて悲しくて仕方がなかった。人目もはばからず号泣するしかなかった。福岡に行ってからはたまにしか行けないでいた家。もっとたくさん遊びに行ってあげればよかった。遊びに行くたびに本当にうれしそうな顔で俺を迎えてくれていた。

ばあちゃんはよく話す人でじいちゃんはあまり話さず、ただいつも笑っていた。

今は、もうばあちゃんも亡くなってしまっているけれど、いつまでも二人の笑顔は忘れることはない。ずっと、自分たちの子供や孫たちのために精一杯生きていた2人。きっと今は、俺のそばにいて見守っていてくれているだろうと思う。

今も忘れない。

今俺は、特に不自由もなく元気に暮らしている。
今は、父も母も、他の家族も幸いに元気に暮らしている。生きていく中にはいろんな出来事も問題も、時には腹の立つことだってある。でも、皆に、出来る限り元気に笑顔で生きていって欲しいと思っている。
そして、自分自身もこれから何をしていくかもまだまだ模索しているけれど、精一杯生きたい。家族、そして友達や俺の周りにいてくれる人、出会った人、一つ一つを大切にしていこうと思う。

ごめんね、しんみりした内容で。僕がカンボジアで出会った人の出来事を知って、それで思い出して書いてしまいました。

いろんな悲しみを知っているからこそ、周りにいる人たちを大切にしていきたいと思います。

今世界にはいろんな大変なことが起こっている。一見平和に見える日本でさえも、日々悲しい事件もたくさん起こっている。
でもね、諦めずに、だからこそ俺は強く生きたい。
一人でも多くの人の笑顔を増やしていきたい。そのためにも強く生きたい。

ながながとした日記を読んでくれた方、ありがとうございます。
皆さんも元気に、それぞれたくさんの問題や苦難を抱えていると思うけれど、元気に、笑顔で過ごして欲しいと願っています。

俺は、俺が皆と会ったときの一人一人の笑顔をちゃんと覚えていますよ。その笑顔がずっと続きますように、俺が知り合ってきた人、皆さんが素晴らしい未来を、幸せな世界をみてこれからも過ごせるように思い出しています。

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by lovely_smile094 | 2008-08-04 03:47

富士山登頂!

以前言っていた富士山についに行ってきました!

その日の朝5時に起き、前日泊まってた浜松市から富士山へ向かいました。

前日、夜遅くについたので少々寝不足で若干不安もありましたが…
おかげで行きの電車、そして富士山五合目までのバスの中では爆睡でした003.gif

富士山にはいくつか登るルートがありますが、西日本から来た僕にとって一番行きやすいのが『富士宮口』です。富士宮市の富士宮駅から登山バスで2時間の場所にあります。

ここは、4つある一般ルートの中で一番高度が高い場所に五合目があります。つまりスタートが一番山頂に近いって事、イェイ♪

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しかし、その分道程は最初から険しい道になります。
そもそも登山など全くしたことのなかった私ですが、さすがに今回はなめててはいかんと思ってある程度の装備はしていきました。

用意したもの、トレッキングしやすいシューズ、防寒具(スノボにも使えるジャケット、下はジーパンやったけど)、軍手、半袖シャツ2枚、長袖シャツ1枚、帽子(似合わないけど)、靴下3足分、合羽上下(ダイソーで100円)、携帯酸素ボンベ、サングラス、ドリンク2本、そしてヘッドライト。

予定としては、初日に出来るだけ上の方まで登って途中にある山荘で一泊して、翌早朝に山頂を目指し、そこでご来光を見る!

そして着いた富士五合目。

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聳え立っていました。近すぎて頂上は全く見えない… みるからに急勾配な道が上の方へと続いています

そして、ここ五合目でもう一つ手に入れたアイテムが 杖072.gif

杖要るかなーと思いつつも買わず、現地で買おうと思ってました☆
まるで、修行僧が使いそうな木の杖です072.gif

そして、準備も万端に、いざ頂上へ向けてスタートしました!

たくさん外人の人もいました。夏休みだから小学生や中学生くらいの子供もたくさんいました。

登り始めて6合目くらいまでは比較的平坦な道が続きます。
しかし、やはり違うのが平坦といえどもすでに2500m以上の高度であること。

すいすい登っていたのは最初のうちだけで、すぐに息が切れます… 心臓の鼓動がはっきりと早いのがわかるほど。
そして、もともと火山の富士山の道は溶岩が固まった道とそれが崩れて出来た砂利の道。

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歩きにくく足腰の負担は大きいです。油断したらすぐに足を挫いてしまいそう。6合目を過ぎてからは傾斜も一気にきつくなり、油断しなくても一歩がとても思い。息切れして何度も休憩が必要でした。あまり急ぐと今度は高山病になってしまうかもしれないので、ペースを変えずにもくもくと歩きました。

周りには木々もほとんどなくずっと同じような道が見えない頂上へと続いている。でも、息を切らしながらも一歩ずつ頂上へ近づいていることが感じられて(当たり前なんですけど)、気分は良かった。

七合目を過ぎた辺りから少し天気が悪くなり… 小雨が降ってきました。さっきまで晴れてて暑いくらいだったのに、一気に気温が下がったような感じで長袖を着て合羽を着てそれでも寒いくらい。汗かいててよけいに体は冷えた感じです。山の天候は変わりやすいというけれど、まさにその通りです。

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それでもテンポよく登って、最初は八合目あたりの山荘に泊まろうと思っていましたがそのままの勢いで一気に9.5合目まで行くことにしました。もう、その辺りは真冬ですよ! めちゃめちゃ寒い。

夕方頃に9.5合目の山荘に到着しました。たくさん人がいるかと思いきやたったの3人でした(後で少し増えて全部で6人でしたけど)。

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既に体は疲れ果てていて雑魚寝部屋にひかれてあった布団にもぐりこむ、しかし寒い[m:239] 布団も若干湿ってて服を着たままでも寒いくらい。夕食はカレーと聞いていましたが、小さめの容器に入ったボンカレー… ま、別に期待はしてなかったけど量も少なかった…

翌朝、3時に起こしてもらいました。辺りは当然ながら真っ暗です。ヘッドライト必須です! 持っていた服を着込み、半そでシャツの上に長袖のシャツ着てその上に防寒のジャケットとという夏にありえない格好にも拘らず、寒くて寒くて死にそうでした。あぁ、あと一枚長袖のシャツがあれば… 一歩一歩暗闇の中を頂上へ向けて歩きます。 人も少なくなく、ヘッドライトの道が途中の道に連なっていました。
空気分かるほどに薄く、高度が高いだけに吹き飛ばされそうなほどの強風。霧? 白い空気がものすごい速さで流れていきます。

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9.5合目という一番近い山荘からでも、約1時間ほど掛かりようやく山頂に到着し、ご来光がよく見える場所まで移動しました。お鉢といわれる富士山頂の道を黙々と歩くと、流石にその道には人影も少なく、強風と極寒の中をひた歩き、この辺りでいいのだろうかと少し明るんできた空を確かめながらいい場所へたどり着きました。

初めて見る、雲海が明るくなり始めた空に広がっていました。

眼下に広がる雲は歩いて渡れそうなほど厚みがあり、その上には見たこともない形の雲、まるで鯨のような形の雲が浮かんでいる。重量の軽そうな雲はすごい勢いで流れている。

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神々しさを感じる場所でした。暗いときには曇っているかと思われた空も、明るくなると共に晴れ渡っている様子が伺えました。

いよいよ、目的であった山頂でのご来光が見れる! あと15分程度で日が昇るはず。

しかし、しかし寒い! 強風を避けるため岩陰に腰を下ろしていても寒さは変わらないほど。これが夏とは信じられないほどの寒さ。もし冬だったら… 絶対死ぬね。 寒くて寒くて、夏のうっとおしいほどの暑さが恋しくなるほど。

体の心から冷えたまま待っていると、遠く、雲海の向こうに太陽の破片が。

昇り始めた太陽は一気に丸い形を表してきます。

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雲海の上に浮かぶ大きく丸い太陽。これが、ご来光。

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「ヤッホーー!」 とは叫びませんでしたが 何も言わずともいろんな思いが巡りました。

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ついに来ちゃったね。 きっと誰でも登ってこれると思うけど(過酷だけどね)、一つ、ずっとやりたかったことが目の前に広がっている。

3775,63m。

来てよかった。 そして、あと一枚長袖があれば随分快適だったろうと何度も思いました。

いつかまた来たい。今度は大切な人と一緒に来てみたいと思いました。

行ってみたいって人がいたらぜひ行ってください。きつかった分きっと感動できると思います。

日本にも、地球にもこうした美しく心に響く場所が、きっとたくさんあるのだろう。

もっと、いろんな場所へ行ってみたい!ですね060.gif
もちろん大切な人と一緒に。いつか一緒に行きましょう072.gif

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by lovely_smile094 | 2008-08-01 01:39 | 普通の話

TOEIC

こないだTOEICを受けました。 日本で英語に興味がある人もない人も知ってると思いますが。

会場は福岡県にある某大学にて。 たくさん来てたね~
大半は学生らしき人たちだったけど。

今回新しくなったTOEICを受けるのは初めてで、それに向けて猛勉強を! するつもりだったのですが… バイトしてたり、習い事行ったり、ま、言い訳ですが。

リスニングの練習だけは暇さえあればI-podで欠かさずやってたけど、真剣に取り組んだのは前日と当日くらいかな… 受験料もったいなし。

しかし、時間がなくても真剣に取り組んだかいはあったと思う。
まずTOEICというものがよくわかった072.gif
問題の流れとか、何が大切かとか、攻略法ってのかな。 結局は訓練あるのみなんだけど、次回受けるときには目標の900点越えを狙います!!!!!!

今回はね、どうかなー。 リスニングは訓練の甲斐あってなかなかいけたのではないかと思うが、穴埋めやReadingはあきらかに訓練不足で、最後長文問題は20問くらい適当にマークしちゃった003.gif

実際のコミュニケーションにこのTOEICが直結するかどうかは分からないけど、英語を学ぶ視点では価値はあると思う!

ま、そんな普通の話でした~072.gif

点数とか知りたいですか? え? 別に? ですよね~ 俺もです。
いい結果取れたら報告します060.gif
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by lovely_smile094 | 2008-07-02 00:39 | 普通の話
『富士登山』
してみませんか?

本気です!

突然ですが富士山に登ろうと思っています! もちろん初めてです!

ずーーーーっと以前から考えていた、わけでは実はありません^^;

でも、オーストラリアに行き、アジアを旅し、いろんな物を見、いろんな事を知り、経験をし、たくさんの人に出会い、外人の友達も作り、そうしたたくさんの過程を過ごしてきて、日本に戻って…

以前と同じように単に会社勤めるのもなんかなー とか贅沢なことを思ってまして。 なもんで、今は正直進路を考え中。

こう言うと高校生みたいと何人かに言われました。 あ、あと最近何人かに山本高広に似てると言われました。 あそこまで太ってはないんですが… 今度言われたら 『キターーーーーッ』って咄嗟に言えるように練習しときます。 やっぱふられたらのんなきゃね!

本題に戻します。

今はフリーターみたいなもので比較的時間をコントロールしやすい状況です! それならば! 今までやりたかったけどできなかったことをたくさんやりたい! 日本で3週間くらい旅したのもその為です。

なので、その一つ、富士登山!

7月1日から山開きで8月下旬まで。

もし、誰か富士山登ってみたいって人いたら、一緒に登りませんか? マジです。 日程の都合は合わせられると思います。

7月か8月、一緒に富士山登ってやろう!^^ って人がいたらご一報ください。
言っときますが、
 『富士山に言ったことは?』
俺『全然』
 『登山の経験は?』
俺『全く』

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by lovely_smile094 | 2008-06-04 00:35

4/4 広島原爆ドーム

最近インターネットをする機会があまりなく、、更新いつものことですが遅れてますが、ま、少しずつ。。。

時間あったら読んでやってください072.gif072.gif
思いで日記です。

さて、この日僕は広島の原爆ドームへとやってきました。記憶が確かならば始めてここに来たのは小学生のときのはず。しかし、記憶がうつろであまり印象は残っていない。

というわけで、今回がほとんど初めてのようなものでした。

広島駅から路面電車に乗り継ぎ15分くらいかな、『原爆ドーム前駅』に着きました。

数年前に改装されたらしく、この辺りはとてもきれいに整備されていました。そして、すぐに目に入ってきたのは、
『原爆ドーム』
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季節は春、周りにはたくさんの桜が咲いていました。でも、目の前にある原爆ドームを眺めていると、一瞬時間が止まったように感じました。 もちろん僕は戦争を実際にこの目で見たことはない。だけど、テレビや映画、写真などで何度もそうした映像を見たことがあり、頭の中でその当時のことが浮かんできました。乾いた、温度のない風がさらけだされた心を横切ったような感覚を覚えました。

すみません、何言ってんだかわからないですね…

ゆっくりと平和記念公園を歩いたあと、原爆記念資料館へと入りました。
そこでは数多くの展示品や映像を見ることができます。終戦から63年たった今でも多くのことを語り続けています。何かを感じずにはいられないと思います。

この原爆記念資料館をもっと知りたい方は ココ ご覧ください。
下記はそのサイトでも見られる資料の一部です。

1945年8月6日 8:15

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太平洋戦争末期、 日本全土は連日アメリカ軍の爆撃を受けていましたが、 広島市はまだ空襲を受けていない最大級の都市として残っていました。広島市は、中国地方の行政、経済の拠点であり、陸軍の主要基地でもあったため、当時30万人を超える在住者がいたと考えられています。

それだけの重要拠点だった広島が、なぜほとんど空襲を受けてなかったのか?

それはアメリカ軍の計画通りの事でした。 世界で最初の原爆投下にあたりアメリカ軍はその効果を今後のために記録しておきたい思惑がありました。その為に、人口で数十万規模の街であり、空襲などの被害を受けていない都市が必要だったから、そういったことが資料の中で伝えられていました。

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資料館の中では展示物の他に、過去にテレビでも放映されたドキュメンタリー映像が見れるミニシアターなどもあります。実際に原爆投下時にここにいた方のその後の人生などが映し出されていたりもします。
親や兄弟、そして我が子をこの原爆によってなくした人、先生や親類、友達をなくした人の、幾月日が経っても変わらない悲しみの声が伝わってきます。それらは、心に響かずにはいられないものでした。

ふらふらとした旅の途中でしたが、ここに来て良かったと思いました。

改めて思い知らされます。 

平和の意味を。 

平和の大切さを。

それでも今も尚世界ではたくさんの争いが起こっています。

日本でも、戦争はないにしても、毎日悲しいニューズが聞こえてきます。

ここで感じたことを忘れずにいようと思います。

いつか自分にできることをしてみたいと思いました。

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by lovely_smile094 | 2008-04-04 23:45
えっと、いろいろ飛び抜かしちゃってますけどね。

とりあえず思い出日記になっちゃってますがよかったら読んでください。

3月16日に日本に帰ってからもぶらぶらと旅を続けておりました。さすがに日本、お金なくなるの早いっすね037.gif

この日旅の途中で立ち寄りましたのは、兵庫県の神戸を初めとした各都市。

ここでもたくさん行ってみたいところがありましたが、特に行きたかったのは、
阪神・淡路大震災のことを知ることができる場所

そして、兵庫に到着後調べてたらありました☆
震災を後世に伝えるために創られた記念館

今回はここ記念館での事を綴ってみたいと思います。

ここはJR灘駅から徒歩10分程度の港に程近い場所へあります。 美術館や国際協力推進センターやJAICのセンターなどと並んで建っておりきれいな場所です。

海辺の近くだったので少し寒かったですけど。

そこには防災未来館と、ひと未来館という二つの施設があります。

営業時間は両施設とも平日は9:30から17:30まで。(入館は16:30まで、季節・曜日により若干異なります)

片方の施設だけなら入館料500円で、両方同時に購入すれば800円。

でも、両方の施設をしっかり見ようと思ったら時間が結構かかります。1施設あたり1時間半か2時間くらい。それ位内容の濃い展示がされています。

この日僕がこの施設にたどり着いたのは16:00。ぐだぐだして遅くなってしまって。

両方の施設を見るには時間が足りないのはわかっていたが、とりあえず両方入館のチケットを購入。

そして、最初に入った防災未来館では、あの地震被害のすさまじさを映像を通して体感、震災直後の街並みをジオラマで再現されたものや、災害の跡、そして復興への過程、当時全国から集まったボランティアの活動など、様々な資料が展示され、この災害のことを感じることができます。

入館すぐに見た地震発生時の再現映像は、とても衝撃的なものでした。

1995年1月17日 5:46

僕はそのころ福岡で働いていた。今も覚えています。

連日テレビや新聞で報道されたこの災害のことを。

暗闇の中で映し出される、災害発生直後を再現したその映像に瞬きもできませんでした。

その他ジオラマや災害から残された数多くの品々が展示されており、また多くの実際にあの場所におられた方々の言葉なども見ることができました。そして、当時ボランティアとして全国、世界から集まった人たちがどういった活動をしたか、救援と一言で言っても様々な問題があり、様々な形があるのだと知りました。そこには損得勘定ではない無償の愛が、間違いなくあっただろうと思います。

今は既に目覚しい復興を遂げている神戸の街。見た目には災害の傷跡は拭い去られたように見えます。でも、あの災害のことはそこで暮らす人たちには決して忘れられないことだろうと思います。

行ってよかったです。たくさんのことを知ることができた。

あの時、僕は具体的に何もしなかった。そして、今も世界では災害や戦争などで数多くの人が苦しんでいます。助けを求めています。今度こそ何かしなきゃね。

最後に、この災害で亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈り申し上げます。

この施設についてもっと詳しく知りたい方は ココ をご覧ください。

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by lovely_smile094 | 2008-04-03 03:46

3/21 青春18切符

どうも、少し時間は遡りますが青春18切符というものを、もちろんご存じだと思いますが、使ったことはありますか?

僕はずーーーーっと昔、この切符のことを知ったけど使ったことはありませんでした。

ま、もちろんずっと働いてましたので使う機会すらなかったのですが041.gif

さて、今回帰国地の名古屋から実家のある山口まで帰るにあたり、せっかくだから少し各地を見ていこうと!

特に日本各地の名所、だけど行ったことすらないところもたくさんあります。

そんなわけで、今回名古屋の親せき宅を離れる際、この切符を購入いたしました!

そして、さっそく行った関ヶ原、そして京都!

そのあとも、意味不明に行動しています。 数日間ですけど行った先については、また写真でも交えますね。

そんな中でたったの3ヶ月間だけど旅したアジアのこと、カンボジアのことを思い出していました。

そして、比べたりもしました。

たくさんのことを思い、考えました。

思ったことの一つ。

どんな大都市であれ、田舎の町であれ、後進国と呼ばれている国であったとしても、人がそこで生きていることには変わりないんだなーって。

生活の様式は変わっても、水準は違っても、人がそこで生きている。

でも、それぞれの人たちは、違う場所の違った環境で生きている人のことを知っているのかなーなんて。

なんだかよくわからないこと言ってますよね。 僕もそう思います001.gif

もし、今を生きる人が違う場所にも生きている人たちがいることを感じ、同じ地球に生きる一人として世の中をもう少し深く見ることができれば、今暮らしている世界も少し違って見えるんじゃないかなーって思います。

…やっぱりよく分からないこと言ってますね… ごめんなさい007.gif

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by lovely_smile094 | 2008-03-21 23:15