長州で生まれ長州育ち、好きな人物は坂本龍馬!カンボジアから始めた旅と共に始めたブログ☆ 話題はカンボジアだけでなく様々ですが、どうぞ気軽に絡んでやってください♪


by lovely_smile094
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そこにある光

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僕がベトナムを旅していた頃、一人のフォトジャーナリストと出会いました。

名前は“村山康文”氏。


今回は、その村山氏の事を小説風に紹介させていただこうと思います。小説家志望のフリーマンなので(笑

村山さんは、会えばわかりますが、とても面白く、くだらないギャグも満載な楽しい方。でも、ベトナムに対しては真摯な姿勢で向き合い、その姿はベトナムを少ししか知らない僕も応援したくなるほどです。誰でも受け入れる器量があり、そのくせ離れていく人はしつこいほど追いかけるとても気さくな人。ちょっと大げさに書いてますがそんな感じです。

初めに、飽きられる前に最も重要なことを告知します。

今年6月、村山氏は京都にて写真展を開催されます。12年間取り続けたベトナムの真実の姿がそこにあると言われています。何枚か拝見した写真の中にも、普段お目にかかれないような壮絶なものもありました。本人曰く1000枚で伝えるベトナムの姿を、僕も見たいと思います。
この時期、京都に行く予定がある人は是非!予定がない人は予定を作って是非! 
京都で一緒に飲むのもいいですね♪ 
そして、皆さんの友人・知人の方々にもご紹介頂けたら幸いです。


開催期日 2010年6月2日(水) ~ 6月7日(月)
時  間 10:00 ~ 20:00
入 場 料 無料
場  所 北大路ビブレ1F 『SPACE ろさんじ』
     地下鉄烏丸線『北大路』駅直結、市営バス「北大路ターミナル」直結
所 在 地 〒603-0142 京都市北区小山北上総町49-1
     
地図

以下は小説風です。気が向いた方、ちょっと時間がある方は読んでやってください。長い文章は苦手な方は無理しないで下さい笑。
内容は、事実を元に僕が勝手に脚色しています。
主人公は村山氏です。僕ではありません。



『そこにある光』

 最近は少し酒が入ると眠くなる俺が、今夜は眠気すらおきなかった。俺はその日、いつものようにパソコンの画面に向かい、これまで撮り続けていた写真の数々を眺めていた。
「12年か…」
 俺はタバコの煙をふかしながら一人ごちた。壁のどこかを眺めながら、うつろな感覚を覚えると、断片的にこれまでのことが脳裏に浮かんでくる。数え切れないほどの社会の裏側で泣いている人たちとも出会ってきた。
 ユンちゃんは今頃どうしているだろうか。俺は急に思い出したかのようにユンちゃんの写真を探しだした。俺がベトナムに行き始めて数年が経った頃、ベトナム戦争時に米軍の使った化学兵器”枯葉剤”による遺伝性障害を持つ子供が激増していた頃に、俺はその少女に出会った。
 骨格障害を発症した彼女は、顔右側が大きく腫れ、垂れ下がり、目も耳もほとんど機能していなかった。おそらく普通の人であれば目を背けてしまうだろうその姿。初めて出会ったときは俺もその一人だったかもしれない。
 でも、あの時俺は気付いた。ユンちゃんの腫れて垂れ下がった右側ではなく、左側には可愛らしい笑顔があることに。初めて会うであろう日本人の俺に少し照れながら、彼女はうれしそうに目を細め、俺と握手をしてくれた。その手はとても小さくか弱かったが、生きていることの強さを感じさせる、可愛らしい暖かい手だった。
 あの時、俺はがむしゃらに奔走した。
 そのまま育てば二十歳まで生きられないと診断されていた少女に、なんとしても生きて欲しい、愛らしい笑顔を取り戻して欲しい。その一身の思いで、人脈をたどり、多くの人に訴えかけ、そして、多くの方からの善意と共に多額の寄付金が集まった。お陰でユンちゃんは日本で手術を受けることが出来た。
「くそ、あの強欲親父め!俺は絶対諦めへんからな!」
 誰も聞いていないのに、つい悪態をついてしまった。ユンちゃんの症状を治すには何回もの手術を行う必要があった。あの時、多くの方から頂いた寄付金があればそうすることも可能だったのだが、欲をかいた家族のせいで、その話は中断してしまっていた。パソコンの中の笑ったユンちゃんの写真を見ながら、俺は一人口をへの字にしていた。
「あんた、今日も遅いんやね。はよ寝んと体壊すで」 妻のマリコが俺の部屋を覗いて言った。
「ああ、わかってる。せやけど…今夜はなんだか眠られへんのや」子供のようにしかめ面を作って言うと、「そう、ほな風邪ひかんときや」そう言うと優しげに目を細め、彼女は自分の寝室へと戻っていった。「ありがとう」
 自分のしたいことにだけ力を注いでいられるのも、彼女がいてくれるからこそだ。親の反対を押し切って、もちろん彼女の方のだが、半ば駆け落ち同然で結婚した俺たちも、気付けばもう3年近くになる。今度は、ベトナムでの俺たちの結婚式の写真を探し出した。
 20人ほどの日本人に80人以上のベトナム人が俺たちを祝ってくれた。わざわざ日本から渡航してくれた友人には面倒をかけたが、大盛り上がりの楽しい式だった。ベトナム政府の高官の人たちも来てくれていたし、数年来の娼婦の友人はこれなかったが、バイタクの運ちゃんも来てくれていた。式に出るようなまともな服をもってないからと嫌がっていたが、いつもの格好でいいから来てくれと頼みこんで来てもらった。上も下も国籍さえも関係なく、参加してくれたみんなあわせて、ただ楽しい時間が過ごせたことが俺たちの結婚式の誇りだった。気付けば俺は一人微笑んでいた。 写真の中の皆も、酒を飲んで顔を真っ赤にしながら、そして踊り狂いながら笑っている。
 そうして、昔からの写真を眺めていると、あのベトナムの裏街で出会った娼婦の写真が出てきた。出会った頃、彼女は希望の欠片もないようなうつろな顔で俺に金をせびってきた。おそらく、普通の日本人ならばすぐに逃げ出してしまうような状況だっただろう。でも俺はベトナム人にも、裏街のそうした人にも慣れていた。娼婦だろうが、政府の人間だろうが、裏の世界のやつらにだって俺はためらわなかった。
 正面から彼女を見据え、明るく、片言のベトナム語と英語を駆使して相対した。すると、いつもと違って逃げない、それどころか好んで近づいてくる日本人を、彼女は逆に警戒した。
 俺は彼女と話しをしようとした。彼女の心の声に耳を傾けた。初めは警戒していた彼女も、俺の事を理解してくれたのか、それまでのいろんな事を話してくれ、そして、最後には大声で泣き叫んだ。泣きながら、止めたいんだと訴えた。俺は微力ながらその手助けに尽力した。
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 写真の中の彼女は窪んだ目ではあったが、俺の事を信頼してくれている優しげな笑顔をしていた。
 どこにだって、光っているものはあるんだよな。
 俺は静かに心の中で呟き、そのままたくさんの写真を見続けていった。ふと気付くと、閉じられたカーテンの隙間から光が差し込んできていた。鏡を見たらきっとろくでもない顔になっていたことだろう。
「あんた、朝まで起きとったん?」俺はびくりとした。マリコがびっくりした顔で俺の部屋の扉を開けていた。
「いや、ごめんなさい」俺は素直に謝った。そんな俺に、彼女は微笑んだ。
「なに謝ってんの。いつものことやん。なんかええアイデア浮かんだ?ほしたら私会社行くからな、頑張ってや」
 いつもよりも彼女の笑顔が光って見えた。
「ありがとう」俺は子供のように、素直にそう言うしか出来なかった。
 彼女が家を出て行った後、俺はいつも自分の考えやアイデアを書きなぐってるノートを引っ張り出した。そして、おもむろにタイトルを書いてみた。
 『1000枚で伝えるベトナム』
 魅惑のアオザイ、美味しい食べ物、可愛らしい雑貨。そしてファインダー越しに見えた真実の数々。
ベトナムを12年間追い続けた俺の集大成だ。俺がベトナムと関わり続けてきた意味を、他の誰かも感じてくれるかもしれない。
 カーテンを開けると心地よさそうな、春日和の光が俺を照らした。その眩しさに俺は目を細めた。



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by lovely_smile094 | 2010-05-04 13:46 | ベトナム